Oracle Z-Cord Reference FPケーブル(以下、Oracle FP)は、アメリカのMIT Cablesが製造している電源ケーブルであり、同社のフラッグシップモデルである。MITのフラッグシップというと、国内ではOracle AC2が著名であるが、このOracle FPは、MIT Cablesが自社の性能指標(こちらで詳述)に則り、Oracle AC2を20年程度磨き、進化させたものである。その性能は驚異的で、主にシステムのノイズ耐性と、低音域の下の方(~100Hz)の表現力を高めるものとなっている。
紐がついた箱である。紐に何かがくっ付いているケーブルは多いが、これほど箱らしい箱が付いているのは、MITのキャラクターだろう。箱はかなりガッチリとしていて、衝撃等から内部の回路を保護している。
取り回しは、見た目に反してさほど苦労しない。線体が扱いやすいのと、箱が(遠い方でも)オス側のプラグから1m弱の位置にあるというところがポイントで、たとえば2mの個体であれば高さ1m程度にある機材に接続できるだけのキャパがあるし、3mの個体なら高さ2m程度までいける。とはいえ、箱を地に這わせずに高所にある機材に接続する等の場合、ケーブルが箱の重みで抜けてしまうリスクはあるため、業務用スタジオ等で運用する場合は注意が必要となるだろう。
前提として、MITの電源関連製品の性能指標についてはこちらに記載している。
下記のグラフにないファクターだと、S/N比(聴感)と超低音域の分解能について、高い能力を誇る。まず、S/Nについてだが、決して細部を誇張したり、音場を俯瞰するようなスタンスの音ではないが、少し聴き込んでみると、そのサウンドステージの見晴らしの良さに驚かされる。次に超低音域の分解能についてだが、これは「現在のMIT」の強みだと感じているもので、かねてからのMITが誇っていた音の制動を、低音の下の下まで徹底した結果ではないかと推察する。喩えるなら、Argento AudioのFlow Master Referenceのような下の下までクリアーな低音を、明瞭さをそのままに、音の立ち下がりを速くし、帯域バランスをフラットにしたかのような音である。
それぞれの評価項目の定義についてはこちらを参照。
超低音の分解能は、MITの電源ケーブルの中でもOracle FPにおいて際立った強みであり、また、比肩するものが滅多にない点でもある。加えて、量的にも深さ的にもこれだけ強大な低域表現でありながら、極めて俊敏で特に音の立ち下がりがめっぽう速い点は、特筆すべき。筆者が試した限りでは、互角と言えそうなのはStage III ConceptsのPoseidonのみである。音の質感もといキャラクターは割と対照的で(あくまで比較の上では)動のOracle FPに対し静のPoseidon、音像のOracle FPに対し音場のPoseidon、暖のOracle FPに対し寒のPoseidon、といった様相である。
なんだかんだ言ってもMITのお家芸であり、このOracle FPでも健在である。(特にパワーアンプに)Oracle FPを使うと、音の立ち下がりが速くなる。アンプのダンピングファクターを改善するような効能だと推察され(※)、聴感上の感想をアンプで喩えるなら、Soulutionの7シリーズにあるような制動力を付与するイメージである。
なお、躍動感やエネルギー感の表現方法も変わってきていて、Oracle AC1などの2000年代初頭のMITケーブルはかなり顕示的な表現をしていて、MIT流に解釈した音楽を聴者に押し付けるようなアプローチをしていたのに対し、Oracle FPに至っては、表現が潜在的になっている。もう少し言えば、一聴してもそこまでの存在感はないのに対し、要所でシステムをサポートし、その凄みを醸し出すような表現になっている。
※MITのラインケーブルの説明ではダンピングについて言及されているが、電源製品では暗黙的であるため、あくまで「ような」と言うに留めたい。
Oracle FPの中〜高音は、過度な主張したり何かを誇張したりする感じがない。別の言い方をすると、化粧っ気がなく、色気や艶っぽさを振り撒かないし、粗暴なところもない。かと言って、存在感が足りないと感じることもない。音色は暖色寄りなのだが、暖色系のケーブルにありがちな、音の細部が潰れる感じやぼやける感じがしないためだろう。これは非常に稀なことである。暖色系の筆頭といえば個人的にはアレグロ電源ケーブルやWhite Devil 3Sなどで、これらも細部の描写は決して悪くはなかったが、Oracle FP2の表現は、それらと比べても一線を画している。もう少し言えば、線材や被覆で頑張っているというより、ACフィルターポールというMITのノイズ除去技術と、そして、音がブルータルにならないよう、数十年かけて試行錯誤を繰り返したMITの技術者の努力が結実したものではないかと推察する。
MITは年々、空間の奥行きや音像の前後関係の表現がハイレベルになっていると感じている。これは、旧来のOracle電源ケーブルとOracle FPを比較した感想のみならず、インターコネクトケーブルをOracle MA→Oracle MA-X→Oracle MA-X Rev.2→Oracle MA-X SHDとグレードアップしてきて感じたことでもある。かつては、音像表現一辺倒だったと感じるMITのケーブルだが、音場の広がりや特に奥行きを持たせることで、よりバランスの良い、現代のハイエンドオーディオに合った音作りになってきているようだ。類似の音場表現をするケーブルとしては、Jorma Designのケーブルがあり、特に単体でS/Nを改善する効能を有していることからも、特にJorma Primeを想起させる。
MITでは伝統的に、ボックスを2つ備えたケーブルは、大電流を念頭に置いて開発されているので、まずはパワーアンプ(ないしはその前段の壁)が適所だと言える。しかし経験上、低音の躍動感やエネルギー感の向上は、プリアンプやデジタル段においても恩恵が大きいため、これと言って場所を選ぶようには考えていない。強いていえば、パワーアンプに使っていない状況で上流に使うのは勿体無いかな、というくらいの話である。
Flow Master Reference(Argento Audio)
Prime(Jorma Design)
Poseidon(Stage III Concepts)
Leviathan(Stage III Concepts)
Opus(Transparent)
Oracle AC1(MIT Cables)