Oracle MA-X SHD(Super High Definition)は、アメリカのMIT Cablesが製造しているインターコネクトケーブルであり、同社のフラッグシップモデルである。
大前提として、Oracle MA-X SHDの基本性能は、MITのフラッグシップに相応しい圧倒的なもので、このケーブルに固有のユニークなアプローチのバックボーンとなっている。何もしなければ、単なる超高性能なケーブルだが、そこにA.A.R.M.™というMIT独自の仕組みを用いたアーティキュレーションコントローラーが加わることで「性能的には劣るが、リスナーの聴感上は理想的なケーブル」としても振る舞える可能性を残していることが、このOracle MA-X SHDの強みとなっている。詳細は後述。
紐がついた箱である。紐に何かがくっ付いているケーブルは多いが、これほど箱らしい箱が付いているのは、MITのキャラクター。箱はかなりガッチリとしていて、衝撃等から内部の回路を保護している。その堅牢な箱に、アーティキュレーションコントローラーという、音を調節するための装置が埋め込まれている。目に見えるのは、ユーザーが操作するためのスイッチだが、これも箱と同様にかなり堅牢な質感である。
プラグは銀製であるため、長期間磨かないと、表面が硫化して燻む。ただ、これは標準的なシルバー磨きクロスで10秒も磨けば元に戻るのと、そもそも接続しっぱなしであれば問題にならないため、小事だといえる。
取り回しは、見た目に反してさほど苦労しない。従来のOracle MA-Xシリーズは、線体が箱を貫通していて、しかもOutに近い位置に箱、しかもかなりの重量物が付いていたためセッティングに苦労したが、Oracle MA-X SHDでは、箱の1面から全てのケーブルが出るようになり、かつ、箱からOutまで1m程度の長さが保たれるようになったため、セッティングがかなり楽になった。この箱は、床に立てる形で置くこともできるし、ラックに収納することも可能だ。拙宅では前者の方法をとっているが、オーディオショウなどでは後者を採用している場合もある。
画像は、以前にサンフランシスコのオーディオショウで撮影したもの。
前提として、MITのラインケーブルの性能指標についてはこちらに記載している。それを踏まえてOracle MA-X SHDについて端的にいうなら、開発時の指標からして、帯域バランスと音のスピード&リズムについては、ハイスペックを確約されたケーブルと言えるだろう。
まず、アーティキュレーションコントローラーを高性能側に設定したOracle MA-X SHDは、聴感上、超低音の深さと分解能が際立っている。下の下まで減衰せずぼやけない感覚だ。これだけ低域を強大にしてしまうと、通常はその他の帯域が圧倒されてしまうものだが、そういう印象は受けず、むしろきちんと制動され、紳士的な低音である。これは、たとえば同じMITでも、上から2番目のラインにあたるOracle MA-X2などに抱いた印象とは異なるものだ。最近のMITは、フラッグシップラインをデザインするにあたり、一聴しての存在感を醸し出すかわりに、要所でシステムをサポートし、その凄みを醸し出すような表現を心がけている感がある。なお、これはフラッグシップの電源ケーブルであるOracle Z-Cord Reference FPなどに対しても抱いた感想である。
また、MITではインターコネクトケーブルの開発時に、アーティキュレーション・レスポンスと並び、ダンピングについても意識しているらしく、その甲斐もあってか、Oracle MA-X SHDは音の立ち下がりの俊敏さが際立つケーブルに仕上がっている。上述の制動の話を被ってしまうため、詳細は割愛。
上述した2つのファクターと比べると目立たないが、聴感上はS/Nがよい。特に、下位モデルのOracle MA-X2などと比べると、著しい。ただし、強烈な効能を求める場合、MITならば電源関連製品を購入した方がよいと思われるので、ここではあくまで数あるメリットのうちの1つとして言及するに留める。
それぞれの評価項目の定義についてはこちらを参照。
Oracle MA-X SHDは、中高音と低音について、それぞれセレクタースイッチを用いたアーティキュレーション・レスポンスのコントロールが可能である。前提としてMITは、可聴範囲(20Hz〜20kHz)全体にわたるフラットな周波数特性を理想としていて、その度合いを「アーティキュレーション・レスポンス」という語を用いて定義している(詳細な定義はこちらに記載)。加えて、MITはこのアーティキュレーション・レスポンスが良ければ、無条件で「リスナーが理想とする音」が出るとは考えておらず、リスナーが意図的にアーティキュレーション・レスポンスを抑える仕組み(A.A.R.M.™, The Adjustable Articulation Response Module)を提供している。MITの公式によれば、
"It is purely subjective when deciding where the selector switch should be set—experiment a bit and set the selector switch where you feel your system performance is best, and enjoy the music!"
(和訳)セレクタースイッチの位置決めは、完全に主観的な判断になります。試行錯誤して、システムのパフォーマンスが最も良いと感じる位置にセレクタースイッチを設定し、音楽を楽しんでください!
以下では、Oracle MA-X SHDで選択可能は10パターンのセッティングのうち、代表的な4つの設定について、音の所感を述べてみる。
アーティキュレーション・レスポンスを最大化するセッティング。筆者のデフォルトはこれである。なお、前述した性能云々も含め、Oracle MA-X SHDについて語る場合は、原則としてこのセッティングの出音である。音については既にだいぶ述べたので詳細は割愛するが、他のセッティングとの比較だと、全帯域にわたりエネルギーが満ち、力感とパッションが漲る点が特徴である。
低音域側のアーティキュレーション・レスポンスを抑えるセッティング。別の言い方をすれば、低音域の力感や実在感を抑えたい場合のセッティングとも言える。MITのケーブル全般に言えることだが、キリキリにチューニングした出音は、向き合う側もそれなりにエネルギーを必要とするため、イージーリスニングをしたい場合などには、適度に音を「緩める」というのは有益な選択肢。あるいはLow Articluation: Inだと低音の制動が効き過ぎて量感が出ない、というケースにも有効だと思っている。
高音域側のアーティキュレーション・レスポンスを抑えるセッティング。中音や高音のパッションや迫力が出過ぎてしまっている場合に有効な選択肢。聴感上だが、このセッティングによって、音像がやや後方に定位するようになり、聴者はサウンドステージに俯瞰的になれる気がしている。ケース2とはまた異なる音の「緩め方」だが、やはりイージーリスニングやBGM的な音楽の楽しみ方をしたい場合に有効だと考える。
最もアーティキュレーション・レスポンスを抑えたセッティング。この設定ばかりになってしまうようであれば、MIT以外のケーブルも検討してみてよいかもしれない。もちろん、これがちょうど良い塩梅だという方もいると思うが、方向性が合っていないという方もいるかもしれない。
最後に、セッティングによって音の幅が広がるといっても、あくまでMITのケーブルであり、MIT的な出音である。たとえばTransparentやSTEALTHのような音が出るわけではないので、ご注意を。
MIT Oracle MA-X2
MIT Oracle MA-X
MIT Oracle MA
Transparent Opus
STEALTH Indra
Stage III Concepts Gryphon
他